G-Koku Diary Ⅲ- 自言自語

日々の生活&海外生活

2017-11

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比治山公園

あまりのぽかぽか陽気の一日だった。昼前に出かけて眼鏡を作りにマリーナホップに出かけて、その後比治山公園へ行った。しかしこの時期に24℃かい!


気温24度


比治山公園は原爆が投下された時、西と北側斜面は全壊、焼失したが反対側は被害が少なかった。被爆後負傷者が続々とこの山へ押し寄せたとの事だ。今は花咲く季節に市民の憩いの場となっている。僕が今日行ってみようと思っていたのは陸軍墓地である。こういった場所になれていない僕にとっては複雑な心境にさせられた。これが全体の地図。

比治山公園マップ



目的の場所はここだ。



比治山マップ拡大



このように墓地として管理されているが、複雑な経緯があり国は墓地とは認めておらず、国有墓地ではないそうだ。


陸軍墓地入口



出身地別の説明がある。


墓碑数県別説明




第二次大戦時の死亡者だけが眠っているわけではない。


墓地説明




ちょっと編集が上手くいかずに写真のつなぎが悪いけど、入り口から見るとこんな感じで墓碑が並んでいる。



墓碑




日本人だけではなく、フランス人やドイツ人も眠っている。



外国人墓碑




外国人墓地の先からは市内が一望できる。宇品方面を見るとこんな感じである。



宇品方面の景観




墓地前の道路挟んで反対側のちょっと高いところにNHKのアンテナが二基建っているが、ここが砲台だったそうだ。また10m程離れた処に、蒲鉾型の財団法人放射線影響研究所がある。


放射線影響研究所




これは元々ABCC(原爆障害調査委員会)と呼ばれた施設で、アメリカ大統領の命令により戦後建設されたそうだ。つまり加害者が被害者を調査・研究する為の施設だった。調査はすれど治療はしない施設で相当な批判を浴びたようで、一時期撤去運動が激しく行われたとの事。また調査結果のほとんどはアメリカが持ち帰ってしまったらしい。昭和50年に現研究所となり、アメリカの管理から離れた。


この様な墓地や被爆時の様々なストーリーが語り継がれている場所が広島市内には多々ある。機会を見つけて訪問してみたいと思う。広島に住む事にならなければ訪問する事も知る事も無かったのだし、非常に興味が沸いている。今は知りたいという気持ちが強くなっている。いつまで広島にいるのかも分からないけど。




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広島生活も、気づいたら8年目。すっかり染まってます・・・モミジ色?w いや、赤とか紫とか緑色www (だけど実際に広島にいるのは半分くらいかな。。。)

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